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2009年8月

天つ巻  第二十八帖

おそし早しはあるなれど、

一度申したこと必ず出て来るのざぞ。

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一度悩んだ事柄が、もう一度角度を変えてやってきたことがある。
自分が悩んで、どうしたらいいのか?色々考えて、そして教わった。
全ては相手を思いやる気持ち、愛だった。

今度は、同じ職場の人からぼやきを聞いた。
それは自分が悩んだ事柄だった。
同じことを聞いて、驚きもありながら、確認もし、そして、教えることもできた。

確認、今はあなたはどうですか?
自分が体験したことを飲み込むこと、消化すること、身につくことができましたか?
そう言われていた。。。。。

そう感じた一日だった。

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天つ巻  第二十七帖

石物いふ時来るぞ、草物いふ時くるぞ。

北おがめよ、北光るぞ、北よくなるぞ、夕方よくなるぞ、

暑さ寒さ、やはらかくなるぞ、五六七(みろく)の世となるぞ。

慌てずに急いで呉れよ。

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石もモノを尋ねると応えてくれる。草木も応えてくれる。

問いかける、挨拶をする。

おはよー。いい天気やね。

いってくるよーー。

ただいまー。今日しんどかってん。

また、明日なー。

そんな時、彼らは、

表現するとすれば、

優しく微笑むようなまなざしをくれているかのように

感じる。

彼らは、大地をつなぎ合わせてくれる、私たちが地面に立っていることができるように、

石と砂とつなぎ合わせ、地下には、根を水脈の如くはらせ、

地球をつなぎ合わせていてくれる。

まるで、手をつないでいてくれるかのように。

そして、乱暴な私たちを歩くこと、走ること、地面に降り立つことを許してくれている。

愛ある存在だ。

ありがとう。

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天つ巻  第二十六帖

天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、

臣民のお役所のやうなものと心得よ、一柱でもあるのざぞ。

この方はオホカムツミノ神とも現れるのざぞ、

時により所によりてはオオカムツミノ神として祀りて呉れよ、

青人草の苦瀬(うきせ)なほしてやるぞ。


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人のことを考えた、
神様のことを考えた。

この時代この世界。
いろいろな人がいる。いろいろな感情がある。
いろいろあるから、磨かれて削られて丸くなって磨かれる。

その先は?

ふっと、見えた車のナンバープレートは、

「 123」

だった。
あぁ、そうか。あぁ、そうだ。

全ての原点は神に戻るんだ。



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天つ巻  第二十五帖

四ン這ひになりて這ひ廻らなならんことになるのざぞ、

のたうち廻らなならんのざぞ、

土にもぐらなならんのざぞ、

水くぐらなならんのざぞ。臣民可哀さうなれど、

かうせねば鍛へらえれんのざぞ、

この世始まってから二度とない苦労ざが、

我慢してやり通して呉れよ。

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分らないことに対して、のたうちまわることもある、
今の次元では分らないことを知るには、毎日頭をひねったり、
周りを感じてみたり、いつも考えていることもある。
そうしているうちに、自分から望めば、次第に分るきっかけが見えてくる。
望まなければ、ノタウチマワリ、暗くなり、苦労する。

なんと慈悲深いことか、愛だね、愛。

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天つ巻  第二十四帖

この世はおろか自分の身体のことさへ分りては居らんのざぞ、

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毎日自分の身体を動かして、感じて、聞いているものにもっと気持ちを
傾けなくちゃ行けない。
真剣にならなきゃ、焦ってはなにもならないが、心構えをもっと、しっかりしなくちゃ
わかるものも、わからない。

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天つ巻  第二十三帖

我がなくてはならん、我があってはならず、

よくこの神示よめと申すのぞ。

悪はあるがないのざぞ、善はあるのざが無いのざぞ、

この道理分りたらそれが善人だぞ。

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自分の中の心を点検。

躍起になって相手を威嚇したり、攻撃する人は
職場の中や、近所の人にもいるだろう。
それを隠している人もいたりする。

悪になるのも、善になるのも、自分の心しだい。
定義付けてしまうとそれは、悪、善と変化していく。

それは何者でもなく、自分自身であるのに。


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